ジョジョ記事

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

質問

bagmaria_airamgad 2013/06/22(土) 00:43:36

ジョジョの奇妙な冒険 第五部について質問します。

ストーリーの佳境、ジョルノ達の体と魂が入れ替わり、ブチャラティーの魂が天に昇る時、 連載時のジャンプの最後のページで

『ブローノ・ブチャラティー
死者として生きず 生者として死す』

と言うセリフがありました。

このセリフにはどんな意味があるのでしょうか?



回答一覧

lostcanvastenma 2013/06/22(土) 21:57:15

ブチャラティは麻薬を子供にも売っている組織に不満を持ってました。自分も麻薬によって不幸になったからです。

しかし、それだけ自分が許せないことをしている組織に目をつぶる行為をしてました。ギャングに堕ちただけでなく、自分の心にも嘘をつき、ただ生きていただけでした。これを生きながらも死んでるような生き方だと本編でも言っています。

しかし、ジョルノと出会い、自分が一番許せない麻薬を売っているボスを倒す目的が出来、トリッシュが殺されそうになったときには自分の心に従い、ボスに歯向きました。

これによって、ブチャラティは死ぬことになりましたが、例え死ぬことになったとしても、自分が正しいと信じる道に必死になって行動することこそが本当に生きていたと言うことだと思います。

ブチャラティが天に昇るときに言ってた言葉にただ付け足しただけですが、そういうことだと思います。

ブチャラティが肉体は死んだ後も活動することが出来た話、ローリングストーンでのブチャラティの死は決まっていて、それを受け容れれば楽に死ねるのに、ミスタが諦めずにブチャラティを必死に救おうとし、結果的にそれによって、アバッキオ、ナランチャが死ぬことになる皮肉な話を見せたのは、生き死にとは肉体が生きてるか死んでるかではなく、自分の心に嘘をつきながら生きると言う結果的に魂が死んでるような状態なのかどうかが重要だと荒木さんは言いたかったんだと思ってます。

普通、荒木さんはそんなにメッセージ的なものを作品内に示すことはなく、色々なキャラを出して、彼らの生き方を見せるだけのスタイルが多いのですが、第五部は全体を通して一つのテーマがあったジョジョでは珍しい作品だったと思います。

black_xxx_gemini 2013/06/22(土) 23:59:26

個人的見解になりますが…

「生への執着心(=執念)が魂を引き留め 肉体を突き動かしていたのではなく、正義を貫く心(=信念)が魂を引き留め 肉体を突き動かしていた」のだと伝えたかったのではないでしょうか?

つまり
『ブローノ・ブチャラティ
死者として(=執念で以て)生きず 生者として(=死してなお信念を貫き通し)死す』

決して私怨的な復活ではないと言う事を…
※ジョルノの能力は あくまで「きっかけ」に過ぎない。ブチャラティ本人に強い精神力がないと復活は不可能だから…

【どうあがいてもブチャラティが死ぬ事は 変わらない運命】
※ミスタにより運命は少し変わったが、所詮は同じ運命(=死)に辿り着く。

ベストアンサー

k11muse57482p 2013/06/22(土) 01:20:26

ブチャラティは自分達のボスを裏切って倒すつもりでボスと戦いました。(理由はボスが麻薬を売って資金を得ており、ブチャラティは麻薬の密売人に親を殺されたから)
その時、ブチャラティは瀕死になりましたが、ジョルノに手当てしてもらいます。しかしブチャラティは実は死んでいるけど体が動いている状態になっており、その状態は長くはなく、精神の入れ替わりが元に戻った時に昇天しました。
これは五部のエピローグで、本来ブチャラティはジョルノに会う前に死ぬ運命でしたが、仲間のミスタにより、その運命が少し変わったからです。

参照元:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11109154791

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

オススメ記事

    コメント一覧

    コメントフォーム
    評価する
    • 1
    • 2
    • 3
    • 4
    • 5
    • リセット
    • 1
    • 2
    • 3
    • 4
    • 5
    • リセット
    月別アーカイブ
    記事検索
    鉄球 allow_top