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質問

2019/06/23(日) 20:37:52 CO:ekf*********

ジョジョの奇妙な冒険第5部についてです。
私はミスタがブチャラティの死を予言した石をぶっ壊したことで
ナランチャとアバッキオの死期が早まったと思っています。
ブチャラティの活動期間が若干伸びたのと引き換えに。
この解釈はどう思いますか?
もともと死期は決まっていて死に方が変わっただけなのか。
死期は早まったのか。
皆さんの考えお聞かせください。

回答一覧

2019/06/23(日) 22:31:34 RE:m*s*********

何とも言えません、どうしても想像止まりですのでそのつもりで書きます

仮にブチャラティがあのときボスに殺されたとして考えると
アバッキオはボスを裏切り、より早く死んでいた可能性もあると思います
ナランチャはショックで裏切る気力も無くなれば可能性もありますが、グズグズとした人生を送るでしょう
裏切るとすると、精神的な柱を失っているため直後のバトルでやられそうです
長々と書きましたがあのミスタの行動も含め彼らはやるべくしてやった結果なので、死期に関してもああいう運命だったと思います

2019/06/25(火) 23:47:37 RE:xe*********

ローリング・ストーンを破壊したことがアバッキオやナランチャの死に何らかの影響を与えたとは思いません。

彼らが死をたどることは運命だった。それ以上でもそれ以下でもなく。
ただ、ブチャラティの石を破壊したことで、死の運命からは逃れられないものの、少しだけ生き延びるという奇跡が起こったようには思います。

ベストアンサー

2019/06/24(月) 02:59:43 RE:pet*********

私はもともと死期は決まっていて死に方が変わっただけだと思っています。
というか、死に方というより(ある意味それもあるけど)、死ぬまでの"過程"が変わっただけだと思っています。
あくまでも個人的な解釈のしかたですが。

理由は、『結果はともかく、そこへ向かう"過程"が重要』ということが5部の中にあるテーマの1つとしてあるように思うのですが、そのテーマを考えると、人の生死を決定づけるような運命は、人の行動では、決定的な結果としてはそもそもの運命で定められていることは良くも悪くも変えられないという設定なのではないかと思うのです。

ブチャラティが死ぬ運命を予知した石に安楽死させられはしなかったものの結局、石を壊しても死ぬ運命自体は変えられなかったように、『ミスタがあの石を破壊したためにアバッキオとナランチャの運命が変化したのでもない』と思います。

あの石が人の運命を決めてるわけじゃなくて、決める力を秘めていたわけでもなくて、あの石はあくまでも人の死の運命を感知して表現し、そして『どうせ死ぬことがどうやっても変えられない結果として決まっているなら』前もって安楽死させてやるという選択肢を持って(かなりそれが強引な感じもあるけど)追跡してくるだけのものであり(このスタンドも決まっている結果までの過程をある意味すっとばそうとするような性格があるように思います。キングクリムゾンとは違って、"変えられない結果という運命"に対して"とても悲観的"な締観の性格が、どうせ死ぬ運命を変えられないならいっそあがき苦しむこともなくその前に安楽死...という方向へ働く感じだと思うけど)、本体の意志が関係ないのはもちろんのこと、あの石そのものにも人の生き死にの決定的運命自体をどうこう左右する力も効果も全く無く、『"運命"という、このスタンドとも本体人物とも関係なくあるどうすることもできないものがこのスタンドのエネルギーであり、ただそれに反応して作動するのみ』ということですので、石が壊れた(壊された)ことで変化したことは基本的には、『石が人を追跡をして安楽死させようとすることはなくなった』ということだけだと思います。

そうなったことで、本来の死の運命に先回りをして安楽死するということがこの石によってはなくなり、近々のことであるということと死に姿は予知しても、それがいつどうやって訪れるかというごく具体的詳細な"タイミング"や"成り行き"としてはそこまでは石にもそれほどあまりわからない明らかにできない死の瞬間まで、死ぬ運命の本人が本人の意志で行動しながら生ききることや周りの人間がとる行動などは変わっても、肝心の死ぬということそのものや死期はブチャラティもアバッキオもナランチャも何ら変わったわけではないと思います。

ある見方では確かに、ミスタが石を破壊したことで、ブチャラティだけでなくアバッキオとナランチャも死ぬことになったように見える描写だとも思いましたが、でもまた他のある見方では(それは私の見方ですが)、石は粉々にされスタンドとして完全に成立しなくなる最後の瞬間の直前に、最後の予知表現として『"あらかじめ決まっていた"アバッキオとナランチャの運命も感知して遺言的に表現した(誰もそれを見てはなかったみたいだけど)』とも思います。

つまり、もし仮に、ミスタによって破壊されず、ブチャラティを追跡して安楽死させていたとしたら、その後には、アバッキオの死を表現しアバッキオを追跡して安楽死させ、その次にはナランチャの死を表現してナランチャを追跡して安楽死させていたかもしれないと思います。
本来の形では、一度に一人一人の死の姿しか表現せずに、一人ずつ順番にしか追跡ターゲットにしないところ、最後の瞬間には粉々になったことで、結局変わることのないブチャラティの運命と同時に、アバッキオとナランチャの運命も表現できたのかもしれません。
そして追跡して安楽死の選択肢をつきつけることもできなくなったと。

とにかく、『石に"予言されたから"死ぬ』のではなく、『死ぬことが"決まっているから"石に予言される』のだと思います。
だから、『予言する石に余計なことをしたために運命が変わる』ということではなく、『石とはまったく無関係に運命はあり、石はただそれを感知し、予言する』のであって、『石に何をしても近々死ぬという"結果"は変わらないけど、死に至るまでの"過程"は変わった』ということだと思います。

少なくとも、石の力で本来の運命より先回りして安楽死することは石の消滅によって無くなったということではあっても、ミスタが石にしたことで本来近々死ぬような運命ではなかった人達が、近く死ぬように運命が変わってしまったということではないのではないかと思っています。

自分の考えをうまく説明できなくて、とても長い文章になってしまいすみません。

2019/06/29(土) 23:38:22 RE:ekf*********

死に方は変われど死期は変わらず
己の死(運命)を受け入れた後の行動の重要性。
素晴らしい描写ですよね。
大方近い意見で
この解釈が正解だろう
という回答を選ばせていただきました。
ありがとうございました。

参照元:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13209568423

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